Liverpool ∞

リヴァプール一の目立ちたがり屋

Rory Storm&The Hurricanes(ロリー・ストーム&ザ・ハリケーンズ)はビートルズ好きなら一度は耳にしたことがあるバンドだろう。ビートルズ加入前のリンゴ・スターが在籍していたとして知られている。
しかし、彼らのバンドとしての実像や人となりについて語れる人はどれくらいいるだろうか。
リヴァプール屈指の人気バンドだった彼らも、時代の流れとともにその名は静かに忘れられていった。
ただ一つ確かなのは、ロリー・ストームがリヴァプールの大スターとして舞台の上で駆け続け、多くのバンドに影響を与えたことだ。

派手さと自己肯定とペルソナ

Alan Caldwell(アラン・コールドウェル)は幼いころから運動神経に優れ、サッカー、陸上、水泳、ダンスと多方面で才能を発揮していた。
しかし、日常会話では言葉に詰まるなど重度の吃音症を抱えていた。
才能と悩み。一見相反するものだが、彼はその両方を抱えてステージへと立った。
友人からは飲み物の注文や冗談ひとつ許されなかったが、歌には影響がなくステージでは流暢に歌うことができた。
淀みなく歌えること、そしてステージでの非日常の空間は、生来の派手な性分とショーマンシップを存分に発揮できる場所だった。
芸名やバンド名を幾度か変え、最終的には正式な名称も『Rory Storm(ロリー・ストーム)』へと変更した。

黄金期のメンバーは次の4人。
Rory Storm(ロリー・ストーム)
Johnny Guitar(ジョニー・ギター)
Lu Walters(ルー・ウォルターズ)
Ringo Starr(リンゴ・スター)

華やかさとロックンロールへの体現

アメリカ文化、とりわけ西部劇に傾倒していたストームは、バンド名やメンバーの芸名にも反映させた。
以前のバンド名はアメリカの地名を冠した『The Raving Texans(ザ・レイヴィング・テキサンズ)』。
ギタリストのジョン・バーンを西部劇のタイトルにちなんで「ジョニー・ギター」、ドラマーのリッチー・スターキーはリンゴ・キッドに憧れていたのと、ベル・スターにあやかり「リンゴ・スター」となった。
音楽性でも彼らはマージービートの先駆けであり、エネルギッシュなロックンロールを演奏したバンドとしても、あの『キャヴァーン・クラブ』において初めて演奏したとも知られている。
リヴァプールでも早い段階でエレキギターとアンプを導入し、後のビート・グループのシーンに大きな影響を与えた。

ライブでの定番曲とカバー曲たち

Brand New Cadillac

原曲はヴィンス・テイラー。サーフロックだが、初期パンクを思わせる荒さと勢い、生々しくも熱量が感じられる。

Honey Don’t

後にリンゴがビートルズでもリードボーカルを担当したことで知られる有名なナンバー。ストームが歌えばコミカルで軽快に聴こえる。

I Can Tell

ボ・ディドリー原曲のカバー。全体的に荒削りだが光るものがある。こちらとは別にキャヴァーンで実際に動く映像が残っている。

名は体を表す

彼がアラン・コールドウェルからロリー・ストームとしてステージに立った時、その立ち振る舞いはまさしくロックンローラーであった。
派手好きで陽気なキャラ、持ち前の運動神経を活かしたステージアクションは名前通り静かにたたずむ男ではない。ステージを駆け回り、時には恋人から追い回される騒動を起こすなど、とにかくよく走った。
ステージの支柱によじ登るなど奇行ともいえる行動を多く、骨折やケガをしても構わず歌い続け、ハンブルグでのカイザー・ケラーのステージにおいては床を突き破った逸話まで残っている。

リヴァプールの王様

派手で無茶苦茶なステージアクションが話題になりがちだが、金髪のポンパドールに整った顔立ちと人目を引く長身は、当時の若者や女性ファンを惹き付けるのに十分だった。
メンバーと揃いのスーツを着こなし、時には一人だけ金ラメのスーツで登場するなど、ビジュアル面でも唯一無二の存在感を放っていた。
また、クオリーメン加入前のジョージ・ハリスンがプロのバンド入りを目指し、ストームに直接掛け合ってオーディションを受けている。
彼は皆が憧れるロックンローラーとしてだけでなく、リヴァプールの王様として憧れの的であった。

知名度≠インパクト

彼らは地元リヴァプールでギグをこなし、ジーン・ヴィンセントの前座を務め、後に共演を果たしている。
ハンブルグにおいても圧倒的な人気を誇り、駆け出しだったビートルズより格があったのも事実だ。ビートルズにとっては、地元の仲間でありライバルであった。
しかし、商業的な成功には至らず、徐々に勢力を失っていく。リンゴがビートルズ加入のために脱退したのは大きな痛手であり、その後もメンバーチェンジを繰り返しながら存続するために模索した。
一時、ブライアン・エプスタインによるプロデュースも検討されたが、ストームの強いこだわりもあり、ブライアン・エプスタインとの関係は思うように進展しなかった。結果、シングルも商業的な成功には結びつかなかった。

生粋のハスラーであり根っからのエンターテイナー

ルックスもカリスマ性もキャラクターも十分に恵まれ、巨大なファンクラブまでありながら商業的に成功へと繋がらなかった理由。それはリヴァプールの王様であり続けたい地元への愛着だった。
派手なスーツに過激なステージアクション、アメリカのロックンロールのカバーにこだわり。当時のトレンドと変化に適応できず、自身のスタイルを最後まで崩さなかった不器用さゆえに、リヴァプールの王様のまま終わってしまったのかもしれない。
しかし、型破りで斬新なロックンロールのスタイルは、同時代のビートルズ含む多くのバンドに影響を与えた。
ショーマンシップと誰にも真似できないパフォーマンスで、リヴァプールの音楽シーンを牽引した存在だったことは間違いない。

次回はThe Fourmost(ザ・フォーモスト)を紹介

その前にロックの海を少し寄り道することもあります。お楽しみに。