Do not contend
ケンカするほど…?
男性デュオの始祖であり、後のミュージシャンのお手本にもなった美しいハーモニーは比類なきものであった。
多大な影響を与える一方で、契約のトラブルや兄弟間の確執など絶えなかったのでも有名である。
音楽は模範生、兄弟仲は反面教師。Everly Brothers(エヴァリー・ブラザーズ)とは、そういう兄弟である。
リトル・ドニーとベイビー・ボーイ・フィル
ドンとフィルは実の兄弟で、両親はフォークとカントリーの歌手であり音楽一家の生まれである。
家族グループで『エヴァリー・ファミリー』としてラジオや舞台に出演もしていた。
WROLラジオ局で1日2回の番組を担当していた。ラジオ出演をした当時ドンの年齢は8歳、フィルは6歳だった。リスナーからは『リトル・ドニー』と『ベイビー・ボーイ・フィル』として知られていた。
二人の父アイクは熟練したフィンガースタイルのギタリストであり、若き日のチェット・アトキンスにも影響を与えたとされている。
ドンとフィルが最初にギターの手ほどきを受けたのはもちろん彼からである。
二人のフルネーム。
Isaac Donald “Don” Everly(アイザック・ドナルド・エヴァリー):ボーカル、ギター
Phillip Everly(フィリップ・エヴァリー):ボーカル、ギター
デビューとスターダムへの道のり
父アイクは息子たちが自分と同じように音楽の世界で成功することを願い、家族ぐるみで仲が良いチェット・アトキンスに連絡を取り、レーベルの契約や二人のバックアップを頼んでいる。
兄弟はナッシュビルへ渡り、コロンビア・レコードと契約をしてレコードデビューを果たすがシングルは売れず、レーベルから契約を打ち切られてしまう。その後も道のりは険しく、全米のレコード会社を巡り回ったが拒絶されるという厳しい状況が続いた。
再びチェット・アトキンスが助け舟を出したことでケイデンス・レコードと契約し、兄弟はロイ・アキュフとウェズリー・ローズが率いる出版社の専属ライターとしてのポジションを得て、曲作りに励んだ。
代名詞ともなったサウンドとヒットナンバー
Bye Bye Love
兄弟の最初のヒットナンバー。エヴァリー・ブラザーズの名を全米に知らしめた体表曲だが、初々しさの中にベテランの風格を感じさせる。
Wake Up Little Susie
高校生カップルがドライブイン・シアターの途中でうっかり眠るというなんともかわいらしい内容だが、このあとの展開はいかに。
All I Have To Do Is Dream
こちらの夢は一人の男が恋に恋い焦がれ、恋に患っている。シンプルながらも名曲であり哀愁漂う一曲。
Problems
1日中問題と心配事に振り回されて車も乗れない、成績もよくないと嘆く。嘆いてばかりじゃなにも始まらない。
カントリーとロックを繋いだ兄弟
ナッシュビルでの挫折と厳しい下積みに彼らは腕を磨き、ワーナー・ブラザーズ・レコードに移籍後に大きな成功を収めた。
デビューから1960年代の初頭までヒットシングルの快進撃は続き、後の世代に続くミュージシャンたちに大きな影響を与えている。
その人気は確かで、特に彼らの奏でる緊密なハーモニーとアコースティックなリズムは、ブリティッシュ・インヴェイジョンズのミュージシャンたちの作品を聴けば、その影響の大きさが分かる。
袂を分かつ
1960年までに兄弟は当時の音楽業界で最も稼げるアーティストとしてのし上がった。設立後間もないワーナーだったが、10年間で100万ドルを保証する破格の待遇と好条件の契約を結び、順風満帆だった。
しかし、数々のヒット曲を生み出す中で、兄弟のキャリアは徐々に停滞し始める。
英国からの侵略により人気が低迷したともいわれるが、彼らの人気はそれ以前から翳り始めていた。
マネージャーとの確執や徴兵制度により6ヶ月間の海兵隊への入隊、ツアーやレコーディングの過酷な環境に、兄のドンが体調不良によりイギリスツアーで倒れるというアクシデントにも見舞われる。
後年、兄弟はヒットの低迷やツアーによる困憊に加えて、個人間での問題も度々起こし、常に緊張感がまとわりついていた。
そして1973年7月14日の公演中、弟のフィルがステージ上でギターを叩きつけて、「二度とあの男と同じステージには立たない」と言い残して立ち去り、ショックを受けたドンが残される形で解散となった。
絶縁と和解
解散後の10年間は互いに距離を置き、ドンはナッシュビル、フィルはロサンゼルスに拠点を構えてそれぞれソロ活動を行う。その10年間の間で会話を交わしたのは、父親アイクの葬儀の際にたった一度だけだった。
その後、1982年末に兄弟の確執はドンからフィルへ電話を掛けたことをきっかけに、再び同じステージに立ち、世界中のファンとメディアから称賛を受けた。
音楽が繋いでいた仲
幼いころから両親と共に歌を歌いながら成長した兄弟は言わずもがな家族の結束は強く、常に周囲の期待がまとわりついていた。
成長しキャリアを築くに連れ、周りが望むイメージに応え続けることや、商業的な成功へのプレッシャーもはかり知れないものがある。
不仲で知られたデュオであるが、二人の歌唱はもはやテレパシーと呼びたくなるほど息が合っていた。
確執は絶えなかったが、最後はお互いを大切な存在と認め、二人でどこかで子供の頃と同様に仲良くケンカしてほしいものだ。
次回はPretty Things(プリティ・シングス)を紹介
その前にロックの海を少し寄り道することもあります。お楽しみに。