The Chirping Crickets
1960年代のブリティッシュ・ロックを語る時に、必ず名前が挙がるアメリカ人がいる。彼が行ったことは極めてシンプルだったが、まだ10代だった彼らを夢中にさせるのには十分だった。
彼の名はバディ・ホリー。ロック黎明期において、シンガーソングライターとロックバンドの新しいスタイルを生み出した。
50年代当時ロックンロールはソロ歌手がバックバンドを引き連れて演奏する形態だったが、当時の彼はそこまで資金は潤沢にあるわけではなかった。
そこで彼は結果として金策から生まれたアイディアで当時の歌は歌、楽器は楽器を担当する分業制。
作詞作曲も別の人間で行うスタイルを打ち崩し、自分で作詞して、作曲をして、自ら演奏して歌うという功績をもたらした。
ロックだけでなく、音楽の門戸を開き、シンガーソングライターと後のバンドの基本となる形を作った功績。歌も演奏も、何もビッグバンドスタイルで行うのがすべてではない。もっとシンプルでいいのだと。
一人の青年はギターを構えて思う向くままかき鳴らしてみる。もう一人は覚えたてのコードを組み合わせて紙に書き写していき、思い付いた歌詞を当ててみる。
彼らは、はじめからスターになるつもりではなかった。
ただ、自分で音を鳴らしてみたかったのだ。そしてその延長線上に彼らのバンドが生まれる。後の誰もが知るかのバンドたちが産声を上げた瞬間だった。
でも、これはまた別のお話。どこかの機会で語るとしよう。
彼が残したのは、天才的な完成度ではなく、「自分にもできるかもしれない」と思わせる現実味を伴っていた。そして彼は皆の目標であり、お手本になっていった。
50年代当時の録音技術は到底未熟なもので、演奏の揺れも粗さは、現代のものとは比較にもならない。けれど、それはまだ成長性のある余白と可能性、進化が望める証拠でもある。
バディ・ホリーがこれから作り出していたであろう音は、随分早い段階で、誰も聞くことが出来ない未発表作がほとんどとなってしまった。
しかし、残した歌とメロディは後世に語り継がれ、60年代のロックの過渡期に決して無視できない存在となる。独特のしゃくりあげるような声、ストラトを抱えた姿。10代の彼らにとって、ギターを弾いて、歌う姿は衝撃的だった。
神話に出てくるヒーローではなく、生身の、少し年上の青年が、自ら手掛けた歌詞と曲を引っ提げてバンドというスタイルを魅せてくれた。
髪を立てず、ちょっと悪ぶった格好もしない。素行も良く、むしろ品のある佇まい。当時のロックンロールの定義とは外れるが、彼は紛れもないロックンローラーだった。
後のブリティッシュ・ロックの代表となる若者たちは彼に憧れ、模倣して、各々の楽器を持ちはじめ、自分たちの音を作ることを決めた。ロックの開拓者が指し示した道を辿って。
そして彼は、様々な余白と可能性を残して去っていった。
彼の残したレコードの続きが鳴り始めたのは、60年代のイギリスだった。